子どもの権利としての居場所づくりの展望(パネルディスカッション)

子どもの権利条約総合研究所の公開パネルディスカッション「子どもの権利としての居場所づくりの展望」に参加しました(5月17日)。子どものいのちをまん中にした自己形成への権利を基軸として、意見表明・参加権、学ぶ権利、遊ぶ権利の視点から「子どもの居場所づくりのこれから」を問い直し、深めていくというものです。3時間に及びましたが、まだまだ聞いていたい!そんな充実の内容でした。ほんの一端ではありますが、以下ご報告します。

子ども政策の転換期、「子どもの居場所づくり」の総合的政策化の時代を迎えたと嘉多明人さん。子どもの「現実」に向き合い、その「現実」を変えていくための子どもの権利という視点が大切とのこと。それはどういうことかと言えば、15歳未満は総人口の約1割、マイノリティである子どもは、圧倒的なマジョリティであるおとなが決める社会に生きています。だからこそ「自分」を生きるために欠かせない「子どもの居場所」の創出がいま喫緊の課題です。それは大人が決めるのではない、子どもが居場所だと感じることができる、そこがポイントです。政策となれば公的支援が受けられますが、大切なのはその中身です。

いじめの認知件数で多いのは小学校1年生から3年生。不登校の低年齢化も進んでいます。それは「遊ぶ」ことが奪われているからではないかー子どもの内側からあふれ出る「やりたい」の気持ちは生きる原動力、遊ぶことは、自分で自分を育てていく人生の土台です。それを保障することが大人の仕事です。
また子どもの自己決定権を語るとき、果たして大人はどうなのか、同時に考える必要があります。私の人生を生きているか―そこに主体性、当事者性があるのか、単なる消費者、サービスを求める利用者になっていないか、自問することが求められます。

「大人の先回りは子どもにとって大きなお世話」西野博之さんがいつも言われることです。逡巡(しゅんじゅん)する権利-自分の子育てを振り返ると、大きなお世話をたくさんしてきてしまったかなと反省する面もあります。それでも、子どもが権利の主体であるという子どもの権利を少しは知っていたことは、救いになったように感じています。
幼児期はのびのびと育てることができたとしても、学校という管理下にはいったときにそれが持続可能になっていない現状。学校を変えていかねばならないが、ただ学校改革だけ言っていてもだめで、目の前の子どもの現実から出発して変えていくことなんだと天野英昭さんは強調されており、共感しました。

特別報告では、嶋村仁志さんより政府として包括的遊びの環境整備に取り組むウェールズの事例など、また川野麻衣子さんより、学校外教育の社会教育の可能性について示唆に富むお話を伺うことができました。

広げよう!子どもの権利条約キャンペーンでは、次期学習指導要領改訂にあたり、子ども基本法制定後の内容に沿うよう、提言書に取り組むそうです。
生活者ネットワークも、国に要望書を提出したいと考えています。子どもの権利を具現化するために、私達大人が何に取り組むべきか、道を切り開いてこられた方々のお話に大変勇気づけられた思いです。「私らしく生きるための政治」の実現にこれからも取り組んでいきます。