君たちには話そう(登戸研究所資料館視察報告)
生活者ネットの仲間に誘われ、明治大学の生田キャンパス内にある登戸研究所資料館を訪れました。この資料館を知らなかったので、大変貴重な機会を得て仲間に感謝しています。
ここはかつて、陸軍の秘密戦の研究所でした。秘密戦というからには、ここで何をしているかは極秘です。家族にさえ、話すことは禁じられていました。各分野の専門家のみならず、地元の人、女子高生もここで働いていたといいます。爆弾を搭載するとは知らず、指の指紋がなくなるまで、懸命に和紙とこんにゃく糊で直径10メートルに及びぶ巨大な紙風船をつくっていた少女たちは何を思っていたのだろうと、思いを馳せました。
コンピューターもない時代、偏西風と風船に詰めた水素ガスを計算し、アメリカに爆弾を積んだ9000発を超える風船を送り込み、1000発以上は着弾したと推定されている風船爆弾。当時は生物兵器(牛に対して強い感染力をもつ病原体)を搭載する計画もあったようですが、ギリギリのところで報復を恐れ見送られたとのことです。空から病原体が降ってくるなんて想像しただけで寒気がしますが、今ならドローンでやろうと思えばいくらでもできてしまうのでしょうね。
毒物の研究では、豚で実験していたそうで、はじめは罪悪感を感じていても、慣れてくると何とも思わなくなったという証言も映像で観ました。さらには人体実験も行っていたようですから言葉を失います。すぐに死んでしまうとわかってしまうから、15分後に効果がでるよう研究されたそうです。
また、中国の偽札づくりも失敗を重ねながら研究され、とうとう成功したといいます。ただし、全体の流通額からするとごくわずかで、ここでも高い技術はあるものの、結果的に敵国にダメージを与えるまでには至らなかったということです。
終戦を迎え、ただちに証拠はすべて焼き尽くされました。人生の一時期がなかったことにされるのです。しかし記録は消せても、記憶は消せません。沈黙を貫いて生きてきた関係者の一人は、年月を経て、高校生たちとの交流を機に「君たちには話そう」と語り始めました。すると他にも証言する人がでてきて、さらには当時タイピストとして働いていた女性がこっそり保管していた記録集も公開され、次第に登戸研究所の全体像が明らかになってきたのです。
ここでははじめに映像で概要をつかんでから、展示室をみるという流れでした。映像のさらにガイドしてくださった学芸員の方の知識だけではない、熱意が素晴らしく、理解が深まりました。それは来館者に、なかったことにはしない、戦争に翻弄されながら生きた人々の証を伝えていきたい、そしてこれら資料から戦争の恐ろしさ、愚かしさを刻み込んでいってほしいという願いからではないかと私は感じ取り、しっかりと受け止めました。
いまはAIの時代です。偽札を作らなくても社会を混乱させることができ、兵士がいなくても戦争をはじめることができてしまうのでしょう。だからこそ、今こそ、人間は何をすべきなのか、何をしてはいけないのかを真剣に考えていかねばなりません。
皆さんも機会を見つけ、こちらの資料館ぜひ訪れてみてください。見学会も開催されています。





